直島新美術館プレトーク第二弾
直島新美術館ロゴの発表
2024年5月31日、直島ホールの集会所において、直島新美術館開館に向けたプレイベントの第二弾として、直島新美術館ロゴの制作者である祖父江慎さんをお招きして、直島新美術館のロゴについてお話を伺いました。
直島新美術館プレトーク第二弾
直島新美術館ロゴの
発表
2024年5月31日、直島ホールの集会所において、直島新美術館開館に向けたプレイベントの第二弾として、直島新美術館ロゴの制作者である祖父江慎さんをお招きして、直島新美術館のロゴについてお話を伺いました。
祖父江慎:
僕は「ブックデザイナー」と名乗ることが多いのですが、みなさんはなぜ、本のデザイナーが美術館のロゴづくりに関わっているのだろうと思われているかもしれませんから、直島新美術館のロゴ発表に先だって、僕がイメージするブックデザインについて、まずお話ししたいと思います。
本のデザインとは何をやることなのか、よくわからないと感じる方も多いのではないでしょうか。たとえば、僕が関わったディック・ブルーナの絵本『うさこちゃん』の日本語版を母親に見せたとき、「この本のデザインをしたよ」と言うと、「上手に絵を描いたね」「いや、描いたのは僕ではなくてディック・ブルーナさんです」「じゃあ絵に色をつけたのかい」「それもブルーナさん」「きれいに印刷できたね」「いや、印刷したのは印刷所であって、僕じゃないよ」という感じで、最後には「じゃあ、いったい何をやったんだ」っていうような話になってしまいました。さすがに少し極端な例かもしれませんが、これに近いことはよくあります。
ディック・ブルーナさんは、もともとグラフィックデザイナーで、途中から絵本作家になった方なのですが、日本語の改訂版をつくるにあたって僕に依頼がきました。僕にとってのブックデザインとは、本の具体的なレイアウトを進めていく仕事というよりも、本というヴィジュアルあるいはテキストと、それを見る人のあいだの距離をいい感じに保つという"関係性の美学"に関わることなんじゃないかな、と考えています。『うさこちゃん』の場合でいえば、旧版に使用されていた日本語の文字は、少し現代的な感覚に合わないのではないかと思いました。また、ブルーナさんは言葉のもつ音を大切にする人なので、子どもたちをはじめ、読者が声に出しながら絵本をゆっくり読んでいくための文字、フォントをつくろうと思いました。つまり、この絵本作品専用の書体をつくることで、『うさこちゃん』の作品世界とそれに出合う人とのあいだによい距離をつくりだせたらいいな、と。
では、直島新美術館のロゴについてお話ししていきたいと思います。新美術館、「新しい美術館」というのは、多様性も含み、変化していくこと、そして多くの人々が交流する場というように僕なりに解釈しました。使用したこの"平たい"明朝体――最近では、明朝体は縦と横の太さの違いが小さくなっているものもあり、直島新美術館のロゴについても縦と横の太さが近い書体をベースにしています。
この書体が日本に登場したのは昭和16年くらいです。新聞など小さいスペースに文字をたくさん印刷しないといけないという時代に、文字が小さくなっても読みやすいものをということで、いわゆる「ふところ」が、なるべくめいっぱいに設計された文字をベースにしたわけです。Macを使っている方は、なんとなくなじみがあると思うのですが、こういう書体は、最初期のコンピュータに搭載されていました。コンピュータの文字は、小さくしたり大きくしたりしても読めないといけないので、こういった新聞系の書体が選ばれたんですね。
ただ、これが直島新美術館のロゴです、と言われても、はたしてこれはロゴなのか、ただの文字の書体なのではないか、と思われる方もいらっしゃると思います。僕は、ロゴをいわゆるエンブレム的な記号化したものにしてしまうと、時代が変わったときに少し古くさいものに見えてしまいがちになると考えています。その考えは地中美術館のロゴをつくったときから変わりません。地中美術館のときもベースは明朝体でした。時代に左右されない永遠なるものをイメージできるロゴとして、ベースはあまり癖のない文字で展開していこうと思い、地中美術館、豊島美術館、そして、直島新美術館といずれも明朝体ベースで、かつそれぞれの美術館のイメージを濃厚に残しながら、基本となる文字をつくりました。
日本語の「直」は、最終画が優しく丸くなっているのが特徴です。こういう「直」は、じつは昔からある字体なんです。書体、字体、書風等々といろいろややこしいのですが、同じ書体でも、サイズが変わることによって少しずつ字の形が変化するのは、いにしえからの漢字の流れの中にもありました。そういったいわば伝統のようなものも大切にしながら、最後が折れているかたちではない、たおやかな曲線となっている書体がベースです。じつは、直島福武美術館財団(現:公益財団法人 福武財団)のロゴをつくらせていただいたときも同様の「直」としました。欧文は、タイプライターの文字をベースにしています。報道的というか、現代や現在を的確に伝える力を感じさせる書体をつくりました。
続いて、直島新美術館のまえにつくった地中美術館、豊島美術館、公益財団法人 福武財団のロゴについて、お話ししたいと思います。
地中美術館は、安藤忠雄さんの建築物のイメージ、真っすぐ天地へと向かう、しっかりした幾何学的な強さを大事にしてつくりました。日本の金属活字初期の代表でもある初号活字をベースに、モダンに表現しています。欧文は、日本人に親しみのあるガラモンド系のローマン体を使っています。古典的な品格がありながら、和文との親和性が高くもありますね。
豊島美術館は、地中美術館とは対照的に、日本の平仮名に近い、筆っぽい明朝体をベースにつくりました。地中の硬質なイメージに対して、柔らかく潤いのある自然な感じということで、明朝体なのか楷書体なのか、どちらかはっきりとはわからないような明朝体をベースにして、左右に羽のような広がりを感じさせる書体です。欧文は、世界初のローマン体であるトラヤヌス石碑の書体で組んでいます。
公益財団法人 福武財団のロゴは、明朝体ではなくゴシック体です。サイズが大きくなっても小さくなっても骨格は変わらず、太さも変わりません。サイズがどんなに大きくなっても、どことなくつつましさがあり、かつしっかりと筋が通っていることを感じさせます。
それぞれのイメージとしては、地中美術館は、重力、人工物、ユニット、幾何学的。一方、豊島美術館は、不変、水、時間。場所的には不変ですが、時間によって変化する、生命的な不思議さ。直島新美術館についてはどのように考えたかというと、作品の展示替えを積極的に行うということで、変化、発信、交流、そして中性的なイメージでつくりました。
ロゴの色については、地中美術館は、じつは数字の遊びという考え方から決めています。黒色をつくるときって、すべての色を混ぜればいい、って学校で教わった人もいるかと思うのですが、では、印刷のインキの色――シアン、マゼンタ、イエローという三つの色を同じ量だけ混ぜるとグレーになるのかというと、意外なことに、こげ茶色になります。通常の印刷指定では禁止されているのですが、マゼンタ50%、イエロー50%、シアン50%を掛け合わせたのが地中美術館のカラーです。つまり、数字を優先させることによって、ある意味で崩れてしまったそのバランスこそを愛するという考え方なんです。ちょっとうまく言えませんが、独特の美しさですね。豊島美術館は、どちらかというと白の世界、しかし、人工的なチタン系の青い白ではなくて、オフホワイトの優しい白です。直島新美術館の色についてはまだ検討中なんですが、白にインキの黒、あるいは漆黒ではなく明るい黒、基本的には"色"というよりは、白と黒、モノトーンということになるかもしれません。
さて、ロゴというのは、どちらかというとイメージであり、そのあとにはブランディングのようなものが続きます。ロゴとブランディング――この違いは少しわかりづらいかもしれませんが、まず、ロゴはコミュニケーションツールであり、伝えたいイメージが伝わることが一番大事です。一方、ブランディングとは、そのロゴが今後どのように使われていくかを時代に合わせて展開していくことだと僕は考えています。ですから、ロゴができたからといって安心しちゃいけない。かつてCIブームというのがありました。ロゴをつくることで会社のイメージを明解にするという時代です。ただ、そのような特徴的なロゴのつくり方をすると、時代が変わるとロゴが古臭く感じられる可能性も大きいのです。ある意味、一方的だからかもしれません。直島新美術館ではそのようなことにならないように心がけて制作しました。ロゴの展開は、時代によって変わっていきます。だからそれぞれの特徴を示しながらもシンプルで、そして柔軟なものがよいと思います。直島新美術館のロゴについても、今後の展開を楽しみに、やさしく見守っていただけたら、と思います。そして、みなさんでこのロゴを育てていってほしいと願っています。
僕は、ロゴや本のデザインといったものに限らず、見る側と見られる側との距離を丁寧に考える仕事がデザイナーだと思っていて、最近は「デザイナーは距離屋さんです」と言っています。人とモノとの関係を取り持つ――近過ぎても遠過ぎてもだめで、またお互いに一方的になることのない、ちょうどいい距離はどこだろうと考えていきたいと思っています。
少し余談になりますが、そういったことを考えるときに僕が大事にしていることは、"うっとり力"と、"うまくいかない喜び"なんです。"うっとり力"とは、何か素敵なものを見たときなど、うっかり「我を忘れ」ちゃいますよね。自分はこうであるとか、ルールはこうであるとかの前提はいったん忘れて、ただまっすぐに感動できる力が"うっとり力"。何にでも、つい、うっとりしてしまう。ふつうは良くないものであるとされているものにも、思わずうっとりしてしまう力だって、ときには大事だと思っています。
"うまくいかない喜び"とは、どういうことかというと、一般的には合理的なことや効率の良いことを基準にするのが大事、そして楽といえば楽、とされていますが、そういった基準だけになってしまうと、思考すること自体がなくなってしまうし、それこそ"うっとり"する機会もなくなってしまうような気がします。何でもいいのですが、本でも美術館でも人でもコップでもそれがいつもと違うように感じる、何かズレのようなものを感じたとき、それがいいとか悪いとかという基準ではなく、どちらであってもなぜかうれしい、と思える力が"うまくいかない喜び"です。最近、うまくいかないことやうまくいかなくなるかもしれないことに対して不安を感じる人が増えているように感じるのですが、それは"うまくいかないこと"を、単に面倒くさいものと思い込んでしまっているからではないでしょうか。ちょっともったいない気もしちゃいますね。僕は、最初にお話ししたように、"関係性の美学"を意識しつつ、"うっとり力"を駆使して、"うまくいかない喜び"を大切に、毎日デザインの仕事をしています。
登壇者プロフィール
祖父江 慎
Sobue Shin
祖父江 慎
Sobue Shin
1959 - 2026年。愛知県生まれ。アートディレクター、コズフィッシュ代表。並はずれた「うっとり力」をもって書籍や展覧会のデザイン、グッズのブランディングなど幅広いジャンルのデザインを手がけている。地中美術館、豊島美術館のロゴ、スヌーピーミュージアム東京のアートディレクション、ミッフィー展、エヴァンゲリオン展、さくらももこ展、北斎展など多くの展覧会を手掛ける。