下道基行アーティスト・インタビュー
≪瀬戸内「百年観光」資料館≫に至るまで
≪瀬戸内「 」資料館≫は、建築家・西沢大良さんが手がけた直島・宮ノ浦地区のギャラリー「宮浦ギャラリー六区」を舞台に、瀬戸内海地域の景観、風土、民俗、歴史などについて調査、収集、展示し、語り合う場としてスタートしたプロジェクトです。今回のブログでは、≪瀬戸内「 」資料館≫の第2弾として2020年7月~8月限定で公開される≪瀬戸内「百年観光」資料館≫について、プロジェクトを構想したアーティスト・下道基行さんにお話をうかがいました。
「統一感がないバラバラでカオスな状態の方が見る人には面白い」
瀬戸内国際芸術祭2019の秋会期に、プロジェクトの第1回となる≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫が公開されました。≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫では、1930年代から2000年初頭まで瀬戸内を撮影し続けた写真家・緑川洋一についての調査、展示が行われています。
「≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫の時は、どうやって瀬戸芸で緑川さんの作品を自分のプロジェクトとして見せることができるか、というところから着想しました。そこで重要だと思っていたのは、展覧会で展示する写真だけじゃなくて、箱とか倉庫に置いてあるようなものも全部、会場で見られる状態にしておくということでした。たとえば、緑川さんの自宅からお借りした作品は額に入ったまま使ったし、作品の入った箱とか段ボールもそのまま展示しました。そういう統一感のないバラバラの状態、カオスの状態が僕はすごく好きで、キレイに構成されている状態よりも見る人にも面白いんじゃないかと考えたのです」
≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫には、緑川洋一の写した瀬戸内の写真や作品集だけでなく、リュックサックや撮影機材、シリーズの構想を手書きした未公開のファイルの原本なども展示されました。公開することを本人は想定していなかったような資料まで展示することで、作品に至るまでの試行錯誤や手法などを追体験し、緑川洋一という写真家の思考や足跡を振り返ることができたのです。
「僕は大阪の国立民族学博物館で3年間ほど特別客員准教授としていろんな調査を行ったのですが、その時に感じていたのが資料の収蔵庫や倉庫の面白さでした。徹底的にフィールドワークを行って集められた資料がずらっと並んでいるのを見ると、古いものや新しいものが混じり合っていて、デコボコの街並みを見ているような気がして一つの風景として面白いんです。そういう資料は今、デジタルアーカイブが進んでいるのですが、デジタル化される時に抜け落ちるものがある。例えば、写真のポジフィルムの周りに書かれたメモ書きとか。そのポジフィルムに写っている写真こそが重要だと思われて、周りの些末な情報はどんどん捨てられる運命にあるのですが、僕はその両方を見ることで伝わるものも多いと考えています。それが≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫を始める時に考えたアイデアの一つです」
≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫の展示風景(写真: 宮脇慎太郎)
「地元の人が面白がったり、関わってくれたりするような展示にしたい」
瀬戸内国際芸術祭2019の終了と共に≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫が幕を下ろした後、下道さんはご家族とともに直島へ移り住みました。
「そうしないと≪瀬戸内「 」資料館≫が本当の意味でのラボラトリーや資料館にはならないと思っていました。≪瀬戸内「緑川洋一」資料館≫の制作のために直島に泊まっている時に、宮ノ浦の神社でお祭りの練習をしていて、夜に太鼓の音が聞こえてきたんです。僕も小さい頃に岡山の港町に住んでいたのですが、なんだか同じ空気を持っているなと思って。練習の様子を見に行ってみると、子どもたちが一生懸命に太鼓の練習をしていて、直島は観光地ではあるけど、一方でローカルなコミュニティもしっかりあるんだなと感じたんです。いわゆるアートの島、観光地だったら住みたくないけど、僕が知っている瀬戸内の感じがこの島にもあるんだなと分かって、住んでみるのも面白いかなと考えました」
下道さんが直島に移住した直後、島の様子は一変します。新型コロナウイルスの影響による外出規制や自粛のため、島を訪れる人は日に日に激減し、たった1週間でほとんど来島者を見かけなくなったそうです。コロナ禍による島の変化も、展示の構想に少なからず影響したと下道さんは言います。
「直島にはそれなりにちゃんとした作品や美術館があるから、この先まったく観光客が来なくなるようなことは多分ないと思う。そういう意味では貴重な体験だなとも思うし、観光客のいない状態だったからこそ、≪瀬戸内「百年観光」資料館≫は地元の人が面白がったり、関わってくれたりするような展示にしたいという気持ちになりました。だから島の人に会うとみんなに『すごい展示を作っているんですよ。絶対来てくださいね』って言っているんです。『アートは分からんから』と言われても、『いやいやいや』って(笑)」
「穴ぼこだらけの状態でスタートして、終わる頃には違うイメージになる」
≪瀬戸内「百年観光」資料館≫では、直島を中心とした瀬戸内海の観光の変遷をテーマとした展示が行われています。1900年代初頭から2020年まで、旅行本や古地図、島の方々から提供いただいた資料などから、およそ百年間の瀬戸内の観光史が俯瞰できる展示です。
「瀬戸大橋が開通した1988年の『るるぶ』には、直島はほとんど出てこなくて、小さく釣り公園が紹介されているぐらい。そこからベネッセが入って来て、美術館が出来て、瀬戸芸が始まって、『るるぶ』で大きく特集されたり、表紙に直島のアートが載ったりするようになっていきます。そのスピード感とか、コンテンツの移り変わりなんかも体験してもらえたらいいかなと思います」
瀬戸内海を舞台とした観光の移り変わりを旅行ガイドブックなどからビジュアル的に見せながら、歴史の中で人々がどのように瀬戸内海を体験してきたかを提示する≪瀬戸内「百年観光」資料館≫。2020年7月から8月の2カ月間、土曜日の午後限定でオープンします。(詳しい開館スケジュールはこちらからご確認ください)
「この展示では、いわゆるアカデミックな調査とは違う、独自のアプローチを取っているのですが、地元の人にはそれは関係なくて、昔の島の様子も見られるし、当時のことを語りたくなる展示になっていると思います。瀬戸内と直島の観光年表を展示しているのですが、展示期間中にどんどん直したり書き足したりしていこうと思っています。『これ違うぞ』って言われて、『あー、知りませんでした』って(笑)。資料館や博物館で展示をやる時って、学芸員の人はできるだけ落ち度がないようにすると思うんですよ。でも、≪瀬戸内「百年観光」資料館≫は穴ぼこだらけの状態のままスタートして、展示が終わる頃には随分違うイメージになる。そんな展示もちょっと面白いと思っています。毎週土曜日になったら自分で開けて、誰でも無料で入れる資料館っていうのも、僕にとっても新しいスタイルの展示になるので、楽しいことが起きるんじゃないかと期待していますね」
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